古い感覚を一新せねば。

小学生の頃からよくお使いに行っていた私は、その当時のスーパーの特売品の相場が頭に入っています。
いまだその書き換えができず、どうしてもその値段と比べてしまうので、買えないものがよくあります。

例えば、卵と砂糖、小麦粉は基本98円じゃないと
買いたくないのです。野菜もしかり。
一袋、または一個100円以上はものすごく躊躇してしまうため、
最近本当に辛いんです。

ちょっと前から、野菜の価格が高騰したり、原料がとれないからと
小麦や砂糖が値上がりしたりというのが続いていますよね。
おかげで野菜が値上がりした当初はどうしても手が出せず、
もやし、とかかいわれ、とかばかり購入しておりました。
あ、あときのこ類ね。
これはあまりお値段変わらなかったですから。

小麦粉も砂糖も特売で出ることが激減し、趣味のお菓子つくりも遠慮がちになりました。
たまごも一時期やたら高くなって、あの頃も本当に困った記憶があります。
その頃、これは意識改革をしないと食卓が貧しくなってしまう、と決断し、必要なものは多少高くても買う、という方向にシフトしました。

それからは買い物が楽なこと楽なこと。
今でもやっぱり一瞬手が止まりますが、家族の健康には変えられないし、
と思いもう一度手を伸ばします。
バランスのとれた食事は、病院を遠ざけてくれます。
医療費がかかるより、先に食費をアップしておく方がかえってよさそうでしょ。

ちなみに今日は近くのスーパーのラッキー7デーという、
何でも77円の日だったのですが、77円のお野菜は少なかったです。
1/2個、1/4個が77円と言うお値段で売られていました。
それでも他のお店よりは安いので、買いこんできましたよ。
次の7デーまで、頑張って食いつなぎたいと思います。
早く野菜が値下がりしますように。

今日のお昼ご飯。

今日のお昼はかき揚げそば。
レシピ名だけ聞くとゴージャスな感じがしますが、実際はレトルトです。
誰が一人きりのごはんにわざわざかき揚げを揚げますかっつーの(笑)

冷凍されたそばの上に、さらに冷凍されたかき揚げが乗ってパッケージされたものです。
2個入って300円。
生協のネットの安売りで購入して、冷凍庫に常備しておいたものを今回利用です。

本当は夜勤明けの旦那さんと一緒に、おいしいラーメンを食べに行くはずだったのですが、
昨日の残りのチキン南蛮をおかずに朝ごはんを食べたら、どうでもよくなった、なんていうんですもの。

実は私、朝ごはんも食べずに待っていたんです(涙)
旦那さんが朝ごはん食べてる時に一緒に食べたら、昼が食べられないだろうと思いそこも我慢したのに、お昼はなしですか?って話ですよ。
でもさすがにお昼まで食べないと倒れそうなので、登場したのが冷凍かき揚げそばだったわけです。
買っておいて本当によかったです。

作り方はとっても簡単。
鍋に規定量の水を入れ、火にかけて沸騰したら冷凍のそばをそのままぽちゃん。
ほぐしながら温めること1分。
そして添付のつゆを入れて、沸騰したら出来上がりです。
ただね、かき揚げがふにゃ、ってなるのだけがね。
これも冷凍なので、つゆにつけてしっかり溶かさないと食べられないんですよ。
これだけは後のせにしてほしいと思うのですが、ワガママでしょうか(笑)

ふにゃふにゃかき揚げ以外は、つゆの味も何ら問題ないのでおいしくいただけます。
今日は力いっぱい手抜きして、鍋のままテーブルまで持ってきて、鍋敷き代わりにミニタオルを敷いて、菜箸でいただきます。
おっと一味も忘れずにね。
そして、貧乏なのか豪華なのか、よくわからない私の昼食が無事に終わったのでした。

そういえば食べ物つながりの話ですけど、この間美容院に行った時に見た週刊誌に、
過去の驚きドラマ、みたいな特集が組まれていたんですよ。
夫婦喧嘩の末に、旦那に出されたハンバーグがたわしだったって言うのを見て
思わずクスッとしちゃいました(笑)

理不尽な喧嘩があった時、私は何もできずベットの中で無視を決め込むか
キィーとなって柔らかいものを壁にぶつけるか。

たわしとか出せたらすっきりしそうですよね(笑)
あと実際に友人でいたのが、「お弁当を日の丸にする」とかかな。
旦那さんに相当効き目があったらしくて離婚相談行かれたって笑ってました(笑)

相談員になんて相談するんだろう。
「うちの妻が夫婦げんかしたらお弁当を日の丸にした・・・」とか泣きつくのだろうか。
いやー、見てみたい気もする。(笑)

幼い頃の精神的ストレス

私は、幼い頃、原因不明の病に侵されたことがあります。
その時の記憶は実際には曖昧で、あまりおぼえていません。
7歳の時のことなので、覚えていないわけではないのですが、
あまりに辛くて私の過去から勝手に消してしまったんだと思います。

それは父と母がうまくいかなくなり、父が家に帰ってこなくなった時でした。
母はいつもこっそり涙を流していて、
それを見て幼いながらに、母の前ではいつも笑顔でいようと、
感情を押し殺していたのだと思います。
父が帰らなくても、決して寂しい素振りをみせず、
生まれたばかりの弟と母とすごしていたそうです。
私はその父がいなかった時期の記憶がほとんどありません。

母からの話をきいて、なんとなく思い出した・・・という感じなので。
おぼえているのは、いつも不安で眠れなかったこと。
お守りを首からさげて眠っていました。
心の傷は深く表に出さない分、体に出ていたのでしょう。
大人になってから母に聞いたのが、
私が寝返りをうつと髪の毛が大量に抜け、枕についていたそうで、
私に気付かれないように、そっとその抜け落ちた髪の毛を処分していたそうです。

そんな中、私の足首に謎の湿疹が少しずつできはじめ、それがだんだん広がり、
皮膚科へ行くと医大を紹介され、
医大へ行くと「新種の病気か、白血病」とまでいわれました。
その湿疹を調べるために皮膚の一部を採取し、手術をしました。
さすが医大で、周りに研究生のような白衣をきた先生がたくさんいたことを覚えています。

でも結果は、不明。
白血病かもしれないということで、父にも連絡が入り、父は私の元へやってきました。

その手術の日、終わって帰るところでした。
母と二人で歩いていると、後ろからギュッと手を握られました。
見上げると父の温かい手で、そのぬくもりは今でも忘れません。
それを気に、徐々に父が家に帰ってくるようになり、不思議と湿疹は消えていきました。
先生曰く、ストレスからきたのではないかと・・・
父が返ってくるとその湿疹は綺麗に消え、手術の後だけがのこりました。
ストレスというものは一番恐ろしいものなのかもしれません。
医学では解明できない病気をもおこしてしまうからです。
そんな記憶を消してしまうということも、ストレスからなのでしょう。
親になった今、子どもには同じ思いを絶対にさせまいと、胸に誓っています。
「安心」それが一番の薬であること。